東洋思想ノート_中国古代思想_合理精神の結晶と矛盾の発見(4)

これは「東洋の合理思想」という本をテキストとして勉強したノートです。

3.一本の棒は無限に折れる

「一尺之棰、日取其半、万世不竭」(一尺のむち、日々にその半ばを取れば、万世つきず)
一尺の俸を順に、1/2・1/4・1/8・・・というように半分ずつに折っていけば、無限に続いて終ることがない

 

これが詭弁あるいは逆理と感じられるのは
「一尺のむち」という有限のうちに「万世つきず」という見出され、有限と無限とが相等になるところ

4.飛んでいる矢は飛んでいない

「鏃矢之疾、而有不行不止之時」(矢の速さも、しかも行かず止まらざるの時あり)
運動する矢の瞬間をとってみれば、それはある空間点にとどまっているはず、そのような点にとどまる限り、その瞬間には運動はありえない。
次の瞬間も、さらにその次の瞬間、同じ理由によって運動がないとすれば、矢が飛ぶということはない。

「飛鳥之景 未嘗動也」(飛ぶ鳥の影はいまだかつて動かず)

竜樹も運動否定論で「己不己の矛盾」として論じている
ただ竜樹は矛盾を指摘するだけなく、根拠を示している

5.ただ矛盾的表現にとどまる

公孫竜の詭弁はゼノンや竜樹と比肩しうるほど高度な論理洞察を含んでいた

 ゼノン : 逆理を介して変化の世界を否定し、唯一不動の存在を認めようとした
 竜樹 : 矛盾を理由に自由に実体験を否定しようとしている

この両者は逆理または矛盾を介して矛盾無き認識に到達しようという積極的態度を持つ
しかし、公孫竜はただ矛盾的表現を提示するのみ

公孫竜および古代中国の思想家は、有限と無限との間に矛盾を認めた上で、異なる概念も共通性において見れば同じ、と簡単に結論してしまう
有限の概念と無限の概念とは外延を同じくする → その点だけで言えば両者は同一 → 外見上差別が消滅 → それ以上追及して矛盾を解決する必要がない

この限界を超えて矛盾の根拠を探り、合理性を徹底させ、論理形態を認めさせることが必要だが、古代中国思想はそれが出来なかった

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