「神と仏の明治維新」を読んだ

明治初期に起こった廃仏毀釈(排仏毀釈)に興味があったので「神と仏の明治維新」を読んでみました。

まず、神仏習合という思想が古くからあり、キリスト教禁止令に伴ってできた寺請制度により、江戸時代は仏教はほぼ国教とみなされる状態でした。神社は付帯する神宮寺の管理するところとなって、神仏習合といっても神と仏が対等ではなくて仏が主で神が従となる関係でした。
その後国学の台頭により、外来宗教である仏教を排除しようとする動きは例えば水戸藩などで出てきていました。
明治となり、政府はいくつかの法令をだして「神仏分離」を進めました。具体的にまとめると、

○ 社僧・別当を還俗させて神職にさせる。
○ 仏像をご神体としていた神社に対しては、神道的なご神体(鏡、幣束など)に改めさせる。 
○ 神社から仏像・仏具類を除去させる。
○ 「~権現」「牛頭天王」「八幡大菩薩」といった仏教的な神号を「~神」「~命(尊)」
○ 神社での仏教的儀礼を廃止させる。

というようなものでした。目的は「仏教の影響がおよぶ前の神武天皇時代の神権政治を明治の御世に復興させる」ためです。
さて、この内容からは「神仏分離せよ」は聞こえても、「廃仏毀釈せよ」とは言われていないのです。しかし、虐げられていた神職たちが勢いづいて、また民衆が忖度したからか、いわゆる「廃仏毀釈」騒動まで発展したわけです。

この本では、有名な神社、仏閣、修験道などがどういうことになったか?が描かれており、面白く読めました。

さて、150年前の神社は今見てる景色とはずいぶんと違うものだったんですね。「古式に則り」などと言いますが、奈良時代からある本地垂迹思想をたった150年前に立ち切った神社を我々は見ているということを考えると、伝統とは何だろう?と思ってしまいます。
また、内心は分からないのですが、仏教僧が強制的に還俗させられて神職になるということに抵抗は無かったんだろうか?という疑問もあります。当然反発した人も居たのでしょうが、あまり大きな騒動にはなってなくて、淡々と信じる宗教を変えているように見えます。こういうところから自分も含めて日本人の宗教観てどうなんだろう?と思います。結局、現世利益のみ求めて、深層では無神論者ということなんでしょうかね。。

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