トンイの挿入歌「天崖至我」の日本語カヴァー

トンイの地上波放送が終わりましたね。イサンの流れで見ていましたが、イサンに出てきたおじいさんの王様が英祖で、世孫がイサンでした。その英祖のお母さんがトンイということらしいです。この時代の朝鮮は己巳換局・甲戌換局とか、時代劇の題材となる事件があって、仁顕王后・禧嬪が主役になることが多いのに、淑嬪が主人公というのは面白いです。まあ内容はかなりフィクションを含んでますけど。。
ところで、このドラマの挿入歌「天崖至睋」が出だしがツェッペリンの「天国への階段」に似ていてちょっといいんですね。その日本語カヴァーを見付けてきました。

チョネジア~天崖至睋~(てんがいのわれ) / 城南海



城南海さんは「きずきみなみ」と読み、奄美の島唄を歌っていたようです。
なかなかいいですね。


やはり、島唄の「こぶし」が聞きたいので、続けて2曲聞いてみましょう。

アイツムギ/城南海




城南海 童神




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この記事へのコメント

はっしー
2014年05月11日 13:51
こんにちは。久しぶりに書き込みます。
妻がトンイもイサンも夢中になって観ていまして、私は途中入院していたので、すべてを観ていなかったのですが、どちらのドラマもあらすじは知っています。

イサンのおじいさんの王様は、息子を死に追いやり、なかなかイサンを認めてくれなくて意地悪な王様だと思っていましたが、晩年は庶民のために良い王様でしたね。それがトンイの息子なら納得いきます。死ぬ時のあの場所はトンイの居たところだったのでしょうね。
T_NAKA
2014年05月11日 20:47
はっしー帝國さん、本当にお久しぶりです。まあ、ドラマを見ていればお分かりと思いますが、トンイのときの王様のお后は西人派が担いでいて、側室のヒビンは南人派が担いでいましたが、お后が廃位された後その復位運動は当然西人派が主導で展開されました。お后の死後、ヒビンは呪詛したといって毒薬を飲まされて死にますが、彼女の生んだ世子を担いだのは少論派であり、トンイの子供つまりヨニングンを担いだのは老論派でした。このように「西人」「南人」「少論」「老論」と入り乱れて李氏朝鮮はえらいことになっていたわけですね。まあ今も続いているのかも知れませんが、過酷な政治闘争の歴史なんでしょうかね。

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