T_NAKAの阿房ブログ

アクセスカウンタ

zoom RSS 資格が必要なのか?

<<   作成日時 : 2010/12/12 17:11   >>

ガッツ(がんばれ!) ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 4

薫日記を読んでいたら、「なんにでもなれる時代の不思議」http://kaoru.txt-nifty.com/diary/2010/12/post-3bf4.html という記事がありました。この内容に反論するつもりはないのですが、少し考えてみました。

まあ、ポスドクや法科大学院制度問題なんかがあるのでしょうが、法律や安全に関わる仕事に携わる人には資格は必要でしょうね。
そうでない学問領域では資格はそんなに必要なのかな?と思ってしまいます。
本当にその領域で専門的な知識を十分持っているのだったら、別に資格はなくても仕事は出来るんじゃないかとも。。
大学院を出ても研究者として給料貰うのは大変でしょう。院卒で一般企業に(研究者としてではなく)一般職サラリーマンとして入社する人は、かなり昔からたくさん居ましたよね。まあ、博士課程の人は少なかったかな?

ドクターを増やしてもそれに見合う職が無ければ、研究者としてやっていけないのは仕方のないことです。
いまは、完全失業率は 5% 以上で普通に職に付けない人も多いです。企業もすぐに金にならない研究部門の投資を抑えていることも考えられますが、昔から専門研究者への道は厳しかったと思います。

で、ここからが私見ですが、自分の好きな研究をすることで生活の糧を得られなかったら、それは断念するしかないと思います。
生活の糧は別の仕事で得ることにして、趣味で研究を続けることが出来れば幸せですね。
実際は、実験が出来ないとか論文を読む時間がないとか思索するヒマがないとか、続けるのは困難ですね。
ここでは理想を言っているだけなので、「出来っこない」との批判は勘弁して下さいね。

集英社新書『信長と十字架』の著者の立花 京子氏の経歴を見ると、

--------
1932 年東京生まれ。東京教育大学理学修士(数学)。
朝日カルチャーセンターの古文書講座(林英夫講師)を 9 年間受講。その間、一橋大学の池享教授、神奈川大学の三鬼清一郎教授のゼミに参加しながら、独学で戦国史を研究。
1991 年「信長への三職推任について」(『信長権力と朝廷』所収)で、信長研究のパラダイムを一変させる。
2002 年博士号(お茶の水女子大学、人文科学)を取得。
--------

とあります。数学修士卒から、日本史の本を書くまでになっておられ、きっかけはカルチャーセンターの古文書講座ですね。
このように、独自で研究は出来るということです。

本当いうと、趣味で研究を続けるというのが私の理想なのですが、他の記事の内容をご覧になればお判りのとおり、研究ではなくて出来の悪い学生の勉強にしかなってませんね。。


テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 3
ガッツ(がんばれ!) ガッツ(がんばれ!)
ナイス

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
勉強が研究に通じる、というか勉強と研究は裏表だと思うんです。何がヒントで発見につながるか解りませんからね。その「感」を養うのが勉強で失敗をすることだし、それを克服することですからね。T_NAKAさんは優秀な「学生」さんだと思います。
はっしー帝國
2010/12/12 21:58
ブログのご趣旨とは少しずれるかもしれませんが、私もヤフーの有名なトンデモさんから「君ももっと自分独自の研究成果を書け」というようなことを言われて、「私は研究しているのではなく、趣味で勉強しているだけです」と返事をしたことがあります。
もちろん、私の水準とT_NAKAさんとでは比べられませんが。
また、掲示板の知り合いで広島大で物理のドクターを取った方は、就職はコンピュータ関係らしいですが、今も物理学会に所属し、物理のプロを自認しておられます。
人それぞれでしょうね。
>本当にその領域で専門的な知識を十分持っているのだったら、別に資格はなくても仕事は出来るんじゃないかとも。。
おっしゃるとおりで、実力が伴えば構わないと思います。
どうも私は大言壮語するトンデモさんばかり思い浮かべてしまいますが。
karaokegurui
2010/12/12 22:40
なんか不思議なんですよね。文系、文学・哲学なんかは、博士課程(大抵は単位収得退学みたいです)出ても職がないということ、前提で進学するのにね。もちろん、(理系)博士倍増計画という国策があったからですけれども。それにしても、頭押さえつけられて進学しろ、と言われたわけではなく。

よく言われるけど、打たれ弱いんですかね。挫折にたえられない人が多いのかな。多くの人生は挫折の連続なのだが。それが方向転換によって負ではなく、正の財産になるんですけど。

博士課程行かなかった人よりも行った人が方が何倍も良いということに早く気付いて欲しいと思います。

(http://page-only-one.cocolog-nifty.com/imotora7/)
アマサイ
2010/12/13 13:29
はっしー帝國さん、karaokeさん、アマサイさん、コメントありがとうございます。最近、こんなにコメントが付くのは珍しいな。
さて、研究というのは人類が未知の知識とか現象を発見・認識するための作業だと思います。だから、私のようにすぐに手に入るテキストの問題をやっているだけでは研究じゃないですね。トンデモさんは人類レベルでは解決されていることを、自分が知らないために、無駄な「研究」をやっているのだと思います。やるのは個人の勝手なのですが、論争を吹っ掛けるのは止めて欲しいものですね。話は博士課程になりますが、好きな学問をやれることだけで幸せだと思いますね。それで十分な生活の糧を得たり、社会的な栄誉を得たりしたいというのは分かるんですが、そんなに甘いもんじゃないでしょう。それが分からないのかな?と感じてしまいます。
T_NAKA
2010/12/13 22:58

コメントする help

ニックネーム
本 文
資格が必要なのか? T_NAKAの阿房ブログ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる